変性疾患

進行性核上性麻痺(PSP)✓ 監修済み

発症様式: 潜行性。中年期以降(RS では平均 66 歳前後)に発症し、男性にやや多い。眼球運動障害は発症初期には目立たないことが多く、まず下方視が障害され、時間とともに水平方向にも及ぶ。PSP-P は初期に非対称性・振戦・L-dopa 反応性を示すため、数年間 PD と診断されていることがある。【予後】RS の罹病期間は平均 5〜9 年(日本からの報告では 50% 生存期間が約 6 年)。PSP-P・PSP-PAGF は RS より長い。発症時の症状のうち生命予後に関連していたのは嚥下障害のみで、発症 1 年以内に嚥下障害を伴う例は予後が不良

概要

4 リピートタウ(4R tau)が中脳・淡蒼球・視床下核・小脳歯状核などに蓄積する神経変性疾患(progressive supranuclear palsy: PSP)。1964 年に Steele・Richardson・Olszewski が報告した。垂直性核上性注視麻痺・早期からの後方転倒・軸性優位の固縮・皮質下性認知症を典型とするが、2005 年以降さまざまな臨床病型が報告され、典型像を呈するものは Richardson 症候群(RS)と呼ばれるようになった。本邦では 2020 年に『進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン 2020』(日本神経治療学会・厚労科研神経変性疾患班)が PSP に特化した初の GL として発刊され、全 48 CQ で構成されている。進行を遅らせる薬はなく、PSP に保険適応をもつ薬剤も存在しないが、GL が 48 CQ を費やすのは、転倒・嚥下・排尿・支援制度という生命予後と QOL を実際に変えられる領域があるため。指定難病 5。

代表症候

垂直性核上性注視麻痺(下方視から障害。人形の目現象で眼球は動く=核上性)発症早期からの反復する転倒 — 後方へ、予告なく、防御動作を伴わない(発症 1 年以内に 58%)軸性優位の筋強剛と頸部後屈(retrocollis)L-dopa 抵抗性のパーキンソニズム(ブレインバンク症例の 32% では中等度以上の反応あり)皮質下性認知症(健忘・思考緩慢・アパシー・抽象化能力の低下)排尿障害(過活動膀胱)が 80-90% と高頻度 — PD と同等以上だが見落とされやすい

サブタイプ

PSP-RS(Richardson 症候群)

古典的 PSP。最も典型的で頻度が高い。まずこの像を基準として覚え、他の亜型は「RS から何が違うか」で捉える。PSP は病理診断名であるため、混乱を避けて臨床診断名としては RS と呼ぶのが望ましい

  • -姿勢保持障害と後方への転倒、垂直性核上性注視麻痺、認知症を主徴とする
  • -臨床病型のなかで最も頻度が高く、進行が速く予後も最も不良
  • -筋強剛は体軸性、無動は軽度、振戦なし、L-dopa 反応性なし
  • -頭部 MRI で中脳被蓋の萎縮(ハミングバードサイン)
PSP-P(PSP-parkinsonism)

PD と誤診される代表格。「PD だと思っていた患者が数年後に転び始める」典型。初回転倒までの中央値は 47 ヶ月(RS は 12 ヶ月)と遅い

  • -症状の非対称性、振戦、無動、固縮、レボドパ反応性を特徴とする
  • -レボドパ製剤により無動や固縮は軽減するが著効するほどではなく、通常 2〜3 年で効果が減弱する
  • -RS より転倒や認知症の出現は遅く生存期間も長い(予後は亜型のなかで最も良い)が、進行期になると RS と区別がつかなくなる
PSP-PAGF(pure akinesia and gait freezing)

本邦で pure akinesia として報告された疾患に相当する病型。MDS-PSP 2017 では PSP-PGF(progressive gait freezing)と呼ばれる

  • -無動(歩行障害・小字症・発声障害)にて発症し、さらにすくみ足を呈する
  • -発症から 5 年以内には振戦・固縮・認知症・眼球運動障害は認めない。レボドパ反応性は乏しい
  • -罹病期間は長く予後は良好。画像でラクナ梗塞・虚血性白質病変を除外する
PSP-CBS(corticobasal syndrome)

「CBS = CBD」ではないことを理解するための重要な亜型。近年 CBD は病理診断名として使用し、臨床診断名には CBS を用いるようになった

  • -病理学的には PSP だが、臨床症候としては CBS の特徴である左右非対称・大脳皮質症状・錐体外路徴候を呈する
  • -失行、皮質性感覚障害、alien limb sign、ミオクローヌスなど
PSP-PNFA(progressive nonfluent aphasia)

進行性非流暢性失語(PNFA)を呈する病型。MDS-PSP 2017 では PSP-SL(speech/language disorder)と呼ばれる

  • -非流暢な自発話を呈し、失文法・音韻性錯語・失名詞を伴う
  • -発話量の減少、復唱の障害、努力性発話、語想起に時間がかかるなど運動性失語の要素が目立つ
  • -中脳萎縮は PSP-RS に比べて軽度であり、左前頭前野の皮質が薄くなっている
  • -言語表出面の障害が潜行性に発症し緩徐に進行するが、他の認知機能は障害されないか、障害されても軽度にとどまる
PSP-FTD(frontotemporal dementia)

前頭側頭型認知症(FTD)の臨床像を呈する病型。MDS-PSP 2017 では PSP-F(frontal presentation)と呼ばれる

  • -人格変化、行動異常、アパシー、脱抑制など
  • -うつや統合失調症との鑑別が必要になる
PSP-C(cerebellar ataxia)

本邦(Kanazawa ら)から報告された病型で、欧米ではまれ。MDS-PSP 2017 では診断基準が提供されなかったが、GL 2020 は独自の診断基準を掲載している。MSA-C との鑑別が最大の問題

  • -小脳性運動失調にて発症ないし主徴とする
  • -「著明な病初期からの小脳症状」は MDS-PSP/NINDS-SPSP 基準では除外項目のため、これらの基準では PSP-C が除外されてしまう(GL 2020 が独自基準を掲載する理由)
  • -とくに MSA-C との鑑別が要点。橋小脳槽拡大は PSP-C を、自律神経障害の合併は MSA を支持する
PSP-PLS(primary lateral sclerosis)

臨床的に PLS(原発性側索硬化症)を呈する病型。MDS-PSP 2017 では、報告された臨床病理学的エビデンスが少ないため診断基準の提供は差し控えられた

  • -臨床的に PLS を呈する(上位運動ニューロン徴候が前景)
  • -パーキンソニズム・注視麻痺・失語・認知症を欠く例が報告されている
PSP-OM(predominant ocular motor dysfunction)

MDS-PSP 2017 で新設された病型。GL 2020 の 8 病型には含まれないが、病理確定 PSP を集めた研究では一定の割合を占める

  • -眼球運動障害が前景に立つ病型
  • -姿勢保持障害・無動・認知機能障害は目立たない
PSP-PI(predominant postural instability)

MDS-PSP 2017 で新設された病型。病理確定 PSP を集めた研究では RS に次いで多いとされる

  • -姿勢保持障害が前景に立つ病型
  • -眼球運動障害は目立たない

Clinical Pearls

  • 💡眼球運動は遅れて出る — 「垂直性核上性注視麻痺がないから PSP ではない」は誤り。早期に PSP を疑う最大の手がかりは、眼ではなく「早期からの後方への転倒」
  • 💡人形の目現象を必ず行う — 随意的な上下方視が障害されていても、頭部を他動的に動かして眼球が動けば核上性。この一手技で核性・核下性病変と区別できる。「核上性」の確認なしに注視麻痺と呼ばない
  • 💡姿勢が鑑別を語る — PSP は頸部後屈(retrocollis)、MSA は首下がり(antecollis)、PD は前傾
  • 💡核医学は「何が分からないか」を知って使う — DAT スキャンは PSP でも低下するため PD との鑑別に使えない。MIBG は PSP で正常だが MSA・CBD でも正常なのでこれらとも鑑別できない
  • 💡治療可能な PSP 類似疾患を除外する — 正常圧水頭症(タップテスト)と抗 IgLON5 抗体関連疾患(免疫療法)は治療可能。非典型例・急速進行例・睡眠障害が目立つ例では特に意識する

症候学

垂直性核上性注視麻痺

随意的な垂直方向の眼球運動、とくに下方視がまず障害される。進行すると上方視・水平方向にも及ぶ。核上性であるため、人形の目現象(oculocephalic maneuver:頭部を他動的に動かす)では眼球が動く

臨床的意義: PSP の代名詞だが、発症から数年遅れて出現することが多く、初期には垂直性サッケードの緩慢化(slow vertical saccades)にとどまる。「初診時に正常だから PSP ではない」とは言えない。人形の目現象で核上性を確認することが必須
早期からの転倒(後方へ)

発症早期から出現する後方への転倒を伴う姿勢保持障害。後方へ、突然、防御動作を伴わずに倒れるため、顔面や頭部に外傷を負いやすい。無動のため動けないように見える患者が急に立ち上がろうとしたりすると、突然行動を起こして転倒することがある — これをロケットサイン(rocket sign)と呼ぶ

臨床的意義: 発症 1 年以内の転倒は 58%、初診時には 83% に生じる。剖検例での初回転倒までの中央値は 6 ヶ月と、他の変性性パーキンソニズムに比べ早期。転倒につながった行動で最も多いのは排泄、次いで物を取ろうとして。注意力や危険に対する認知力の低下も転倒に影響し、注意を促していても繰り返し転倒してしまう
排尿障害(過活動膀胱)

尿意切迫・頻尿を主体とする過活動膀胱(overactive bladder: OAB)。ウロダイナミクスでは排尿筋過活動を認める

臨床的意義: PSP の排尿障害は 80-90% と高頻度で、Parkinson 病と同等以上。従来知られていなかったが決して稀ではない。認知障害・歩行障害があると 2 次性の機能性尿失禁も加わる。排泄行動は転倒の最多要因でもあり、排尿障害の管理は転倒予防に直結する
軸性優位の固縮・頸部後屈

体幹・頸部の固縮が四肢より強い(軸性優位)。頸部は後屈位(retrocollis)をとる。姿勢は伸展方向

臨床的意義: PD の前傾姿勢、MSA の首下がり(antecollis)と対照的。頸部後屈は嚥下時の頸部前屈姿勢を困難にし、誤嚥を助長する
L-ドパ抵抗性のパーキンソニズム

寡動・固縮が主体で、安静時振戦は乏しい(PSP-P では認めることがある)。左右差は乏しいことが多い

臨床的意義: L-ドパ抵抗性は MDS-PSP 基準の支持的所見(clinical clue)。ただし PSP-P では部分反応することがあり、少量で「無効」と判断しない
前頭葉症候・皮質下性認知症

Albert らは PSP における認知症の特徴として、① 健忘(十分時間をかければ思い出す)② 思考の緩慢 ③ 人格・気分の変化(アパシー・うつや易刺激性)④ 獲得した知識を操作する能力の障害(計算や抽象化能力の低下)を挙げ、皮質下性認知症と命名した。前頭葉徴候として把握反射・模倣行動・使用行動(指示なく目の前にある物を使う)がみられ、車椅子やベッドからの転落の原因となる

臨床的意義: 一般に見当識障害や記銘力障害は軽度で、エピソード記憶も保たれるが、聴覚的言語性記憶や言語性意味記憶の障害が目立つ。applause sign(検者が 1 秒間に 3 回の速さで手本を示し、同じようにできるだけ早く 3 回だけ拍手するよう指示して、4 回以上叩けば陽性)は PSP に特異的な所見として報告されたが、大脳皮質基底核変性症や多系統萎縮症でも陽性になる — 動作の保続を見る徴候であって PSP 特異的ではない
開眼失行(眼瞼開扉失行)・眼瞼けいれん・「びっくり眼」

不随意の強制的な閉眼(眼瞼けいれん)なしに眼瞼を一定時間閉じたあと、随意的に開瞼を開始することができない(開眼失行:apraxia of eyelid opening)。MDS-PSP 基準の公式日本語版では「開眼失行」と訳され、括弧付きで書かれるのは、開瞼開始困難が眼瞼挙筋の活性化困難というより眼輪筋の瞼板前部の活性化(瞼板前部の眼瞼けいれん)にしばしば起因するため。加えて前頭筋の筋緊張亢進とそれに伴う上眼瞼の後退による「びっくり眼」が認められる

臨床的意義: MDS-PSP 基準では眼球運動所見 O3(頻回の macro square wave jerks ないし「開眼失行」)に含まれる。ボツリヌス毒素注射が症例報告レベルで有効(PSP GL 2020、ただし「有効性が確認された治療法はない」が CQ の回答)
構音障害・嚥下障害

痙性かつ低運動性の構音障害(hypokinetic-spastic dysarthria)。嚥下障害は早期から進行し、不顕性誤嚥(silent aspiration)が多い

臨床的意義: 誤嚥性肺炎が最多の死因。「むせないから大丈夫」は通用せず、VF/VE による客観的評価が必要。頸部後屈が嚥下姿勢を困難にする
羞明(photophobia)

まぶしさに対する過敏。MDS-PSP 基準の支持的所見(clinical clue)のひとつ

臨床的意義: 遮光眼鏡で対応する。見過ごされやすいが患者の苦痛は大きい
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出典: 【主軸】『進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン 2020』進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン 2020 作成委員会 編/監修:厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)「神経変性疾患領域の基盤的調査研究」・一般社団法人日本神経治療学会。神経治療 2020;37(3):435-493(PSP に特化した本邦初の GL、全 48 CQ、J-STAGE・Minds で全文公開) / Höglinger GU et al. Clinical diagnosis of progressive supranuclear palsy: The Movement Disorder Society criteria. Mov Disord 2017;32:853-864 / Steele JC, Richardson JC, Olszewski J. Progressive supranuclear palsy. Arch Neurol 1964;10:333-359 / Golbe LI, Ohman-Strickland PA. A clinical rating scale for progressive supranuclear palsy (PSPRS). Brain 2007;130:1552-1565 / 難病情報センター「進行性核上性麻痺(指定難病 5)」 / Quattrone A et al. MR imaging index for differentiation of PSP from Parkinson disease (MRPI). Radiology 2008;246:214-221